季節は、すでに盛夏の頃となっていた。
韓信は、黄生と共に、楚の旧都の寿春にやって来た。
この辺りの夏は、恐ろしく暑い。立っても座っても汗が吹き出るとは、寿春の今の季節のことであった。
だが黄生は、韓信を連れて城市から数里離れた野の中に入っていった。
そこはおおむね平原であったが、いくつかの小丘があった。
今はすっかり草木に覆われているが、実は歴代の楚王の陵墓であった。もともと王家の陵墓ははるか西方にあったのであるが、その地はとうに秦によって奪われていた。それで、王国の末期にこの寿春に遷都したとき、歴代の王の陵墓を改めてここに築いたのであった。かつてここには王室の祖先を祀る壮麗な宗廟があり、陵墓の前には守冢(しゅちょう。墓守)の戸が集落を作っていた。しかし、秦の征服によってそれらはことごとく撤去され、もはや祭祀は行なわれなくなっていた。今は、墓の盛り土が化した草木のはびこる小丘以外には、何もなくなっていた。
「この、小屋だ― ここから、中に入ることができる。」
陵墓の丘の脇に、一軒のみすぼらしい茅屋があった。黄生は、その中に入った。韓信も、その後ろに従った。
茅屋の中には、地下に通じる道が隠されてあった。黄生は、火灯りを灯して中に入っていった。その中は、盛夏だというのにひんやりと肌寒かった。
しばらく進むと、地下の広間に出た。黄生が、灯りを高くかざして周囲を照らした。中には、巻かれた竹簡の文書がうず高く置かれていた。
黄生は、韓信に言った。
「これは楚国が保存してあった、史官の記録だ。会戦ごとの外交文書、兵站の手配、徴兵の記録、会戦の論功と損害が、生のまま記録されている。王家はこれを用いて楚の史書を書くつもりであったのだが、編纂する前に秦に滅ぼされてしまった。」
韓信は、広間全体を見回した。張良の屋敷の書庫よりも多い、文書の山であった。
「これが― 全て楚の政府の文書ですか。」
「そうだ。韓信よ、お前は今の時代に生きているために、実戦を何一つ経験していない。兵法はたとえ書物を読んだとしても、実際の戦闘や事前の外交の駆け引きを経験しなければ、何の役にも立たない。だが秦によって統一された今の時代に、その経験は求めるべくもない。しかし、過去を追って体験することはできる。この文書を読んで、実戦の動きを知るのだ。どうして戦争が起ったのか、勝敗の分かれ目は何だったのか、最終的な結末はいかようであったか。その動きを読み取り、それによってお前の兵法の知識に血肉を付けろ。」
黄生は、韓信に命じた。これから寿春にいる彼の関係者の元に寄留して、この地下の書庫に通え、と。彼は、韓信に言った。
「自分で納得がいくまで、読み込むのだ。生半可で放り出しては、お前は知兵の将にはなれない。」
それが、黄生が韓信に示した、兵法家への道のりであった。
それから、しばらくの年月が経った。
韓信は、師に言われたとおり、寿春の書庫に通いつめた。時々下邳に戻ってきては、黄生と張良との間に意見を戦わせた。すでに韓信の兵法への知識は、過去の歴史を読み解くことによって一層上達していた。実際に兵を動かしてみたならば、あるいはすでに張良よりも優るかもしれない。
彼は、下邳に戻って来たときには、黄生と張良の前で最近読んだ戦いの記録について、適確に批評していった。
東の越に痛打を与え、やがて楚が越を併合するきっかけとなった戦い。
北上して魏を撃ち、魏王の野望をくじいた戦い。
いっぽう西の秦に外交的に手玉に取られ、戦争では成すところもなく敗北した一連の戦い。
それらを韓信は手に取るように解説して見せた。あるとき、韓信はそれらを語り終えた後、二人に対して感想を述べた。
「しかし― いざ実戦になってみると、まだわかりません。戦争とは、意外なことに突発的な出来事が勝敗を決めてしまうことが、あまりにも多いのです。兵の世界とは、まさしく混沌の世界であると言えましょう。兵法を知る者が戦争の前にできる最善のことは、せいぜいどんな突発事が起っても大崩れしないだけの態勢を保っておくこと、これだけです。孫子がこう言ったのは、まさしく至言と言えましょう。
― 昔(いにしえ)の善く戦う者は、先ず勝つべからざるを為して、以て敵の勝つべきを待つ―(軍形篇)」
これは以前、黄生が韓信に向けて引用した言葉であった。それを今や彼は、自分の感想として表明していた。
黄生は、大きくうなずいて言った。
「よくぞそこまで上達した、韓信よ。」
やがて大成すべき、一人の未来の将ができつつあった。韓信の頭の中には、過去の戦役の姿がありありと展開されていた。
だが、このようにして韓信を指導しながらも、黄生はこのとき自らの進退について、別のことを考えていた。
ある冬の日のことであった。韓信は、相変わらず寿春に籠っている最中であった。下邳の張良の屋敷に、黄生がいた。彼の前には、張良と、麗花がいた。黄生は言った。
「麗花、お前もこの下邳に来て久しいな。お前がほんの子供の頃から、張子と共にこの城市の城門を出入りしていたのを、私は覚えているぞ。」
麗花は思い出しながら、彼に答えた。
「ほとんど始めてこの城市に来たとき、城門で老師にじろりと睨まれたことを思い出します。私たちは、よっぽど不審な一行だったのでしょうね。そのときは、とても怖い門番だと思いました。」
「確か、お前の父上にすがって、たちまち泣き出したな!」
「ええ、確かそうでした。だって怖かったんですもの。」
「それがこうして大きくなって、今や張子のもとで― 何せお前が産まれた頃から姿を見られている主人だからな。今もあんな風に姿を見られ続けることは、もはや慣れたというものであるのかい?」
麗花は、黄生のいつもの調子に、顔を赤らめた。
「ははは、戯言だ。しかし張子よ、この娘の面倒は、お前が最後まで見なければならんぞ。お前は、まるでこの世とあの世の間に生きているようだ。お前は一度死んだ男であるからとはいうものの、それでもこの世に存在している以上は、他人と共に生きていることをおろそかにしてはならん。お前を必要としている人間がいることは、決して無視してはならない― 」
しかし彼はこう言った後、思うところあってしばし沈黙した。
それは、自分自身のことと重ね合わせていたのであった。彼はそれから、おもむろに張良たちに自分の今後について語った。
「私は― 今の韓信を、最後の弟子にしようと思う。今後、私は下邳を去ることにする。これから後の時代に、もはやこの私の出る幕はない。」
その言葉を聞いて、麗花は言った。
「老師、去られるおつもりなのですか?」
張良はまた、言った。
「隠れなさるのですか?― あなたもまた、楚人であるというのに。これからの楚が、のるかそるかの時代になるかもしれないのに、ですか?」
だがそれに対して、黄生は答えた。
「― 確かに、私は楚人である。しかし、私はまた秦の丞相の李斯と席を並べて学んだ者でもある。同じ師の門を叩いた同士だ。学究の徒として、学の論争ならばいざ知らず、現実の戦いを彼の作り上げた秦帝国と交えるのは忍びないのだ。なぜならば私には、李斯と秦王が奉ずる思想に対抗できる私の思想がない。学究の徒は、思想の刃を持って火花を散らさなければならない。その点で、私は秦と戦う資格がない。」
「しかし、あなたは項梁の師であり、私を誘い、今また韓信に兵法家の道を進ませました。それは、思想をも後世に伝えようとなさったからでありましょう?そのあなたに思想がないというのは、謙遜のしすぎではありませんか?」
「いや!確かに私はお前たちに私が学んだ諸学の道を伝えはした。だが、私はそれらの独創者ではない。しかし李斯と秦王は、まぎれもない独創者だ。その独創が天下を作り変え、そして作り変えたことによって今思わぬ結果が出ようとしている。おそらく結果は彼らの予想外のことになるであろう。しかし、それを私は笑うことができない。無思想の私が思想家に思想以外で対決するのは、学究の徒として非礼である。だから私は、一歩引くことにしたいのだ―」
黄生は、かつて楚の蘭陵で儒家の泰斗の荀子の下に学んだ。彼の出身地もまた、その蘭陵であった。
荀子の下には、今秦の丞相として君臨している李斯が学んでいた。だから、彼は李斯のことをよく知っていた。黄生は、自分は思想家としては李斯や、同じく荀子の下で学んでいた韓非には到底かなわないと自らを評価していたのであった。



