その後、韓非は弱い祖国を自らの理論によって何とか改革しようとして、韓に戻って理論的著作を始めた。彼は、韓から来た伝統ある王族であった。いっぽう李斯は、自らが創設した理論を引っさげて秦に向った。天下全体を作り変える野望を持って、最強の国に乗り込んだのである。彼は、楚の上蔡から来た草莽の庶民であった。
だが黄生は、彼らの理論に付いていくことができなかった。心の中で、何かが承服させなかったのだ。しかし、彼らの理論は完璧であった。黄生は、彼らに反論することはできなかった。
やがて韓非は、非業の死を遂げた。
しかし彼の書いた著作は、若い秦王の心を捉えた。人徳などは君主にいらない。家臣に好かれる必要などない。他人を愛するなどは、君主にとって何の美徳でもない。ただ法を下して、自分以外の全ての人間を等しく法で縛ることが、最高の統治法なのである。韓非のこの主張は、秦王の行動原理となった。彼は、この世の全ての人間を憎む点で、誰よりも卓越していた。その憎しみの心に、韓非の厳しい主張はぴったりと合致したのであった。
その秦王の横に、李斯はいま丞相として付き従っている。秦王と同じく法を万能となし、冷たい統治の機械となって中国全土に君臨している。
この二人は、これまで数多くの功績を成し遂げた。不可能だと思われていた中国の統一に成功した。広大な中国に、全国一律の郡県制を採用した。さらに、度量衡の統一、文字の統一、馳道の建設、万里の長城、匈奴討伐、南方殖民、、、わずかの期間に、これだけのことを行なった。これらは全て、法を万能として人間たちを有無を言わせず動かした結果できたのである。家臣を愛することを心掛け、下に愛されることなどを気づかっていたら、このうちの一つとして実行できなかったであろう。彼らは、統治する者として正しかったのだ。韓非と李斯の理論は、正しいことが証明されたのだ。
(目的のためには、上に立つ者は情を捨てて法を用いるべし。兵法と法家の思想は、その点で一致している。孔子以来論争が戦わされてきた諸学の行き着いた究極が、この二つの思想にはある。)
黄生は、そのように結論していた。
彼が兵法を学んだのは、荀子の下であった。荀子は、弟子たちに現実を無視した空理空論を行なうことを戒めた。それで、戦争というものが現実に存在している以上は戦争の法則もまた知らなければならない、と言った。黄生は、この師の言葉を受けて兵法の研究を行なったのであった。その研究を進めた結果、戦争という世界では善よりも法が支配することを知った。勝つためには、善悪を越えた法則に従わなければならない。彼は兵法の研究を進めるにつれて、その精密でかつ非情な世界に嘆息した。その精密さと非情さは、まさしく韓非と李斯の法家思想と合い通じるものであった。
(だが―)
黄生は、今になって思う。
(兵法は、勝つためにある。しかし国家を動かす法は、何のためにあるのか?)
法家思想には、その先の答えがない。
国を強くするためか?
王の名誉を高めるためか?
それとも、未来の人民の幸福のためか?
その答えは、君主が決めるしかない。目的は、君主が虚空の中に描くのだ。秦王は、李斯と共に虚空の中に構想を描き、その構想を実現するために法が今用いられている。虚空に描かれた目的のために、かってないほどの規模と速度で人民が振り回されている。
そのことが、いま楚の民を目覚めさせてしまった。
しかしそれは、法家の理論そのものが誤っているからではない。法家の理論自体は、国家の目的を決めていない。その目的を決めた秦王と李斯に、人民がついていけないからなのだ。
(韓非は理論を残し、李斯は実際に国を作った。そしてこの私は支配される側に留まっている。支配される側にも、心がある。抵抗の心が燃え上がるのは、当然のことだ。だが、結局世界は支配する者と支配される者とに別れざるをえない。そして支配する側の方法としては、韓非と李斯の理論以上のものは存在しない。支配する側と支配される側との戦いは、これからも永久に続くであろう。支配される側の抵抗が勝てば、今度は支配する側に移るだけのことだ。すでに、そのための理論は言い尽くされてしまった。これから先、新しい言葉は何一つ現れないであろう、、、)
冬の日の、夕方であった。屋敷の中にも、弱々しい夕陽が差し込んでいた。黄生は、彼の長年の弟子にぽつりと言った。
「この世界が治まるには― 神が必要なのだ。」
弟子は、師の真意をすぐに理解して、このように答えた。
「神がいなければ、下の者が上の者に仕えることの理由がない。神がいなければ、上の者が仕えるべきより高い存在がいない。神がいなければ、上下の秩序はただ暴力によってしか治まることがありません。しかし、神はもういません。神を殺したのは― 偉大な先学者、孔子です。」
「そうだ。孔子は、鬼人を敬して遠ざけ、『未だ生を知らず、いずくんぞ死をしらんや』と広言した。彼こそが、この世界から神を殺して人間以上の存在を否定する作業を始めた。偉大な覚醒者、孔子の出現以降、人間の思想は神を語ることが不可能となった。」
「そうして、人間以上のものに仕えるという隷属感も、その正当性を失いました。もはや、取り返しがつきません。上に立つ者は虚空の中に踊り狂い、下に押さえられた者は抵抗の心を燃やし、やがては上を焼き尽くしてしまうでしょう。それが繰り返されるのです。」
「張子よ、神を失ったこの世界が今後存続していくためには、お前はどのような策が適当だと考えるか?我が師の荀子は、このようなことまで言う人であった。
― 日蝕や月食が起ったとき日月の回復の祈りをしたり、旱魃のときに雩(う。雨乞い)をしたり、卜筮(ぼくぜい。占い)をしてから大事を決したりするのは、それで結果を得ようとするのではない。これは、『文』すなわち儀式の装飾なのだ。だから目覚めた君子は『文』と見切るが、ただの人民は『神』すなわち神の御業だと信じる。儀式などは、『文』と見なせばよい。『神』などと思ってはいけない。(天論篇)
何という老獪な主張であろうか。儒家たちは、神がいるふりをして社稷宗廟を祭るべきだと主張する。自分では信じてもいないのに、まるで信じているふりをして儀式を行なうことを勧めるのだ。神がいるふりをひたすらに続け、やがては嘘が本当になって再び迷信の闇に落ちて安らいでいく。それしか、もはや今後の安定はないのかもしれない。私には、ここまでしかわからない。張子よ、お前はどう思う?」
「― 腹中に考えはありますが― 申し上げるべきではないと思います。」
冬が終わり、春がやってきた。
冬の間の川の水は乾季のために低く、舟の航行にも差支えが出る。だが春の雨と共に、川の水も次第に勢いを取り戻していた。季節は、再び巡る。
下邳の城門の外の河岸に、一艘の舟があった。
黄生は、今日この城市を去ることに決めた。河岸には、張良と、麗花が彼を送りに出ていた。韓信は、いない。少し前に、寿春から書簡を送ってきた。
戦場の跡の地形を、実地に見て参ります。地形の戦闘に対する効果について自分で納得がいくまで、戻らないと思います。
韓信
黄生は、張良に言った。
「奴が帰ってきたら、私の言葉を伝えておいてくれ。
『勝て。しかし、勝った後こそが、恐ろしい。』
とな。」
張良は言った。
「兵法は、勝つための技術です。勝った後には、何も描けません。それから後は、人間としての彼が決めることでしょう。」
「だがそれを考える前に、勝たなければならん。彼ならば、勝てるであろう。張子、お前にはもはや何も申すことはない。お前は、すでに天下の器だ。、、、麗花よ。」
「はい。」
「張子を、頼んだぞ。やはり、人と人とのつながりが、この世では最後に大事なことなのだ。― では、私は行くことにしよう。」
すでに、黄生は舟の中にあった。麗花が、声をかけた。
「老師、どこに行かれるのですか?」
黄生は、答えた。
「川を下って、、、もう一度江東に行く。父の墓が、そこにある。麒麟児の成長も見たいしな。」
「長旅ですね。その後は?」
「蘭陵に帰る。母の墓があるのでな。もう何十年も戻っていない。その後は―」
彼は、その後を、答えなかった。
― 第一章 兵法の章・完 ―



