野宴には、家の男たちにその妻たち、子供たちがいた。蕭何よりもっと年若い子供もいるし、だいたい同じ年のいとこやはとこも混じっている。近い年の集団では、もちろん何が一番の出世頭であった。
いとこたちは農業をやっていたり、沛の城市で商店の下働きをしたりしている。彼らは親たちの実家に帰ると最近何かにつけて何のことが引き合いに出されて、「お前と何では出来がちがうんだから、そのうちもっと出世するあいつとは丁重に付き合っておくんだぞ―」などと言われている。彼らは、内心それが面白くない。それで、今日の墓参の朝からずっと、何は同世代の間で孤立していた。何にあえて話しかけようとする年若の男はいない。同世代の女たちはすでに他家に嫁いでいて、この場にはいない。男たちの嫁ぐらいであった、何に挨拶以上の言葉をかけようとするのは。もちろん、それは夫に代わってこの出世頭に愛想良くしておこうという、打算が入っている社交であった。とにかく、今日の何は年長者にばかり受けが良かった。
その年長者の集団には、中心人物がいた。
嫂(ばあ)さまである。
蕭何の祖母だ。
もう夫は二十年前に、この世を去った。祖父母の代が皆死んでしまった後に一人残った最年長者で、とにかく家の中で存在感がある嫂さまであった。現在の家長である蕭何の父も、彼女には日頃から気づかわずにはおられない。
蕭何は、小さい頃に彼女にずいぶんと可愛がられた。小さい頃の彼は、体力もなくて郷里の同世代からよくいじめられたものだ。泣いて家に帰ってくる何が歯がゆくて、彼の父は息子をさらに叱り付けた。息子をいっそ武人として修行させて鍛え上げようかと思ったのも、そのためであった。
しかし、嫂さまは周囲の中で一人弱くて落ち込んでいる彼を、よく慰めてあげた。麦は踏み付けるだけでは育つことができず、慈雨もまた必要なのだということを、彼女はよく分かっていた。やがて、孫は沛の城市に通って勉学にいそしむこととなって、明るさを取り戻した。成長して官吏となり、今や時めいて一族の注目を集めるようになっている。しかし、最近の嫂さまはかえってこの孫に対してよそよしくなっているような気がする。
嫂さまは、桃林の脇にしつらえられた宴席の、花が見渡せる位置に座を取っている。せっかくの春だわい、花を見んでどうしようかとこの席を自ら選んだのである。しかしそこでは日が真上から当りますよ、と家長が申せば、だったら遮る工夫をせんかい、と仰せつかった。それで、年若の者たちが急ごしらえで食物を包んできた布を張って棒をつっかえ、嫂さまの上に日よけを設けている。
それから野宴であるが、彼女はもう年なのに、肉をこの時ばかりと平らげる。もちろん最年長者として、豚肉の一番上等な部分だ。柔らかく煮込んである。しかし、豚肉を食べ切ったら、今度は炙(あぶ)り鶏を所望した。幼い曾孫が持ってきた香草でよい香りを付けた肉の塊を、さっそくえいやと頬張る。肉を噛み切る歯は、いまだに全然弱っていないようであった。
そこに、孫の何がやって来た。彼は、酒壷を持って巡回している最中であった。
彼女は、孫がやって来たはいいが愛想よくしているだけで手を動かそうとしないのを見て、彼をせっついた。
「こら、なにをしとるか。年長者の杯がなくなっておるぞ。酒をつがんか、酒を!」
「あ、、いや、あんまり無理なさらないほうが、、、嫂さまはお年ですし。」
孫のこの気遣いの言葉に、嫂さまは「へっ!」とあしらった。
「お前、そんな風に役所でぺこぺこ頭を下げとるんじゃあるまいな。いやに板についておるぞ、若いのに。」
注がれた酒を、嫂さまは美味そうに飲んだ。
「ふーっ。私もようやくこの年になって、酒の美味さがわかった気がするよ。」
「嫂さまもますますお元気で、私も嬉しいです。」
「聞いたぞ。お前もいよいよ嫁取りか?」
「いっ、、、いいえ、まだまだです、まだまだですよ!」
「嫁を貰って子を持って、そこからやっと人生は始まるようなものだ。何でかと言うと、人を本気で気遣うことを覚えるようになる。人間は、そうなってからが本物だ。うわべだけ年長者や大人(たいじん)に頭を下げて回っている奴は、うそつきだよ。まあ、お前は早く所帯を持ったほうがええな。」
嫂さまからも、駄目を押されてしまった蕭何であった。しかし、彼女は今の孫に対して少し言いたいことがあった。彼女は、孫に言った。
「最近、いい気になっとりゃせんか?何よ。」
孫は、嫂さまに答えた。
「いい気にだなんて、、、そんなことはないつもりです。」
「お前が役人になったのは、二十のときだったな。その時から今まで、そんなに長く経っておらん。なのに、今や家の中でも外でもお前の話題で持ちきりだ。今にうんと出世するだろうと、近所の劉とか廬の家のばばあまでが言っておる。可愛がった孫だ。そのお前がこうしてもてはやされるようになったのは、私としても嬉しい。だがな―」
それから、彼女は孫に最近思っていることを、言った。
「だがな、今のお前は世の中をほんの狭い間から見ているだけなんだぞ。狭い間から見ているから、きれいなものだけが選んで見える。だが世の中は、それよりももっと広い。役人がなんだ。お前は、役人になって働いて誉められて、それで人のために生きているとでも思っているのか?」
このような説教を彼女からされるのは、何にとって始めてであった。
それから彼女は、孫に対して世間が最近彼に投げ掛ける言葉とは違った意見を続けた。
「私が見るにな、お前は― しょせん大それたことができる男ではないよ。蕭家はそういう血筋なんだ。大丈夫を出す家ではない。だから、私は最近のお前の周囲の様子が心配なんだ。みんなが出世、出世だ。でも、それにお前が巻き込まれて出世しか頭になくなってしまったら― いずれつまらぬ小役人になるよ。私はお前を小さい頃からずっと見ている。だから、言うんだよ。」
(ああ、嫂さま― そういうことを思っていたのか、、、)
「お前が役人として、本当に人のために生きることができるかどうかは、出世だけでは計ることができない。お前がせいぜいできることはな、本当に人のために生きる人を守ることだ。お前は良い子だ。その良い子が役所の高位にある。人を守らんでどうする、、、」
それで、嫂さまの言葉は終わった。酒に当って、少々眠たそうであった。
孫は、そっと退座しようとして、押さえた声で嫂さまに言った。
「お言葉、心に留めるようにいたします―」
それから、嫂さまは鼾(いびき)をかいて眠り始めた。
後ろに倒れそうなので、一族の若妻たちが横に行って支えた。朝、墓参に出かける時には蕭何が彼女を背負っていくことを申し出た。だが、彼女は孫の申し出を蹴って、自分の足で目的地までスタスタと歩いていった。しかしこれから豊に帰るときには、蕭何が負ぶって帰ることになりそうであった。彼は、その心積もりをした。
ところが、蕭何が彼女の前から退座した後、後ろからまた嫂さまの声が聞こえてきた。
「おーい、若い衆!座興に何か芸を見せろよ。そうだな、、、何よ、お前、むかし伍子胥の芝居の真似を上手にやっていたな。久しぶりに、見せてくれんか?他の奴は、音曲鳴らして囃してやれ!」



