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二 主吏と亭長(1)

(カテゴリ:102伏龍の章

彭城の北に、沛県がある。

県庁の置かれている沛は、もうほとんど旧斉国との境界線にある。後に劉邦がこの城市を支配して子弟を糾合したら二、三千人が集まったと記録されているから、それほど小さな城市ではない。
この対して広くもない沛県から、これから山のように人材が天下に飛び出てくることになる。といってもこの県の住民が特別に優れていたわけではおそらくなくて、彼らがいったん天下を取るための集団と化したときに、いわば集団として化学反応を起こしたのであろう。一人一人の人間については、どうということのない平凡な人物もまた多かったのである。
楚の最北辺に位置している土地なので、住民は楚以外の国との関わりが強い。劉邦と義弟の廬綰、それから蕭何の出身地である豊は、沛県内の一つの邑(ゆう。むら)である。邑といっても後に篭城戦などをしているので、ほとんど城市といってよい規模であったのだろう。
この豊の住民は、もともと隣国の魏から移住してきた人々であった。「劉」姓もまた、もとは魏の姓であるという。劉邦が魏の張耳のところに厄介になりに行ったのも、元来豊の住民は魏とのつながりが強かったのが背景にあったのかもしれない。
また、劉邦が自分のための奇妙奇天烈な冠を作らせに行ったのは、旧斉国の薛(せつ)の城市であった。
薛は、沛とは川を隔てたすぐそばにある。むかし戦国四君の一人の孟嘗君が拠点としたところである。彼の威勢と配下に抱えた食客たちの品のなさについては、すぐ近くの沛にまできっと噂が伝わってきたことであろう。ひょっとしたら孟嘗君が亡くなったのちに、食客たちの一部はこの沛にも流れて来たかもしれない。とにかくこの北辺の沛にまで来ると、住民は斉や魏の人間たちと血の上では相当に重なってくる。ただ文化的に斉でも魏でもなさそうだから、自分たちは楚人だと思っているのであった。
沛県は、泗水郡に属する。その上に、各郡県の行政を監察する役目の監御史がいる。さらにその上に、咸陽の丞相がいる。現在の丞相は、もちろん李斯である。そしてその上に、始皇帝がいる。人間の世界においては、ここから上はない。
県には、文官の長である県令と、副長官の県丞がいる。また武官の長として県尉がいる。ここまでは命官と言われて、咸陽から任命されて赴任してくる。その下に、属吏と呼ばれる多数の現地採用の役人たちがいた。県の細かい実務は、彼らがもっぱら行なうのである。
沛県の属吏たちで今後に顔を出す人物と言えば― 主吏の蕭何。裁判を担当する獄掾(ごくえん)の曹参。この二人が最も県庁内で目立っていた。他に獄吏の任敖。厩司御から県吏に採用された夏候嬰。これらの面々がいた。
劉邦は?― 彼は、泗水の亭長に任じられていた。
秦の行政組織では、地方の宿駅として、「亭」が置かれた。もともと亭とは最小の自治体である里(り)を十個ごと集めた単位のことであったが、秦の行政ではこの単位に宿駅と治安維持の拠点を設定したのであった。劉邦のいる泗水の亭は、沛の東にあった。亭長は、宿駅の管理と共に、配下を率いて地方の治安維持に当る。いわば町内会連合に一つ置かれた交番の巡査長程度であって、帝国の行政組織から見ればケシ粒のようなものだ。
しかし、亭長として県庁に彼が登庁してくるときには、例の奇妙な「劉氏冠」を被って大きな顔をしてやってきた。その時の様子を『史記』は、

― 廷中ノ吏、狎侮(こうぶ。あなどる)セザル所無シ。

と書いている。官吏たちが、けったいな劉邦をあなどったのであろうか。それとも役所という組織を小馬鹿にしている劉邦が、官吏たちをあなどったのであろうか。おそらく、両方であったのだろう。

沛の城市の門から、公用馬車が進入してきた。主吏の蕭何が、乗っていた。各県を巡回している監御史を最寄の亭まで送った、その帰りであった。
沛はほとんど平地であり、秦の行政は街道の整備に気を配っている。それでも、蕭何の乗る馬車は道中よく揺れた。馬車を操る厩司御はまだ新入りで、後ろの客を気づかう運転に全然慣れていない。
(夏候嬰ならば、地面に座っているような乗り心地なのにな、、、)
彼が主吏に昇任したときには、もう夏候嬰は官吏に採用されていた。だから彼の運転する公用馬車に乗せてもらったのは、一度県令の横に陪席して郡役所に出張したときの一回でしかなかった。
素晴らしい乗り心地であった。どうやったら座席が揺れないように馬車の動きを微調整できるのだろうかと、蕭何は感心するばかりであった。だが彼だって蕭何と同じ塾で読み書きを習った男であった。そのうちに、彼も官吏となった。
城門を入って県庁の厩舎に戻る途中の道で、何やら怒鳴っている男がいた。
「曹参!貴様、いい気になるな!」
怒鳴られている男は、蕭何と同じ官吏の曹参であった。
武おばさんの酒店で、酒に酔って剣を抜いて剣舞などを始めている奴がいる、と役所に通報があった。そこで、獄掾の曹参が駆けつけてきた。現場に来ると、灌嬰という絹売りの男であった。
曹参は、灌嬰に言った。
「いい気になってるのは、どっちだ。お前こそ、いいかげんにしないか。法というものを軽く見すぎているぞ。時代は変わったんだ。」
曹参が官吏数人を連れて店に来てみると、確かにいい気になって店の入り口前で踊っている灌嬰がいた。だが、手に持っている剣をよく見ると、柄(つか)をつけただけの棒きれである。これでは人を斬るおそれなどない。
灌嬰はちょっとした遊びのつもりであったのであろう、しかし酒に酔っていて驚いたのか、それとも普段からこの男をよく思っていないのか、そうした者がわざわざ役所に通報してきたのかもしれない。奥にいる店主の武おばさんは、苦笑しながらやって来た曹参に目配せしていた。大したことないよ、と。それで、曹参は事を荒立てないように適当に説諭して引き上げるつもりであった。それが、日頃から役所というものを嫌っていた灌嬰に呼び止められてしまったのである。
灌嬰は、沛の出身ではない。しかし、曹参は前々から知っている男であった。灌嬰は、沛よりずっと西の地方の出身であるが、少年の頃から父に付き添ってこの沛の城市で商いをしてきた。養蚕業者と商いをするうちに、薄曲(はくきょく)という養蚕用の床を織って生計を立てている周勃と知り合いになった。周勃を通じて、沛の仲間とも顔なじみとなっている。
「こ、、、こら!いいかげんにしないか、、、城市の秩序を乱すんじゃない!」
そこに、蕭何が馬車から降りて、あわてて駆けつけてきた。
彼がやって来たのを見た曹参は、
(ちっ、余計な奴が来たな、、、)
と、内心思った。
蕭何も灌嬰の顔は知っている。しかし、彼とは全然親しくない。
法から言えば、官吏を侮辱する罪は獄に放り込んで処罰する対象となる。だから、ここで蕭何が法を厳密に解釈すれば、灌嬰は罪を受けることになるであろう。まず蕭主吏は、言葉で宣告することにした。
「灌嬰!控えよ!官にたてつくものは、法により処罰の対象であるぞ!控えよ、、、!」
この一言で、相手を震え上がらせることができれば、文句はなかった。しかし、灌嬰は全く動じる気配がない。
「処罰か?処罰か!、、、ならば、やってみろ!」
法を司る官吏として、これ以上見逃すわけにはいかない地点に近づいてしまった。蕭何も曹参も、困り果ててしまった。

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各章アーカイブ

           
第一章 兵法の章


           
第二章 伏龍の章


           
第三章 宦官の章


           
第四章 動乱の章


           
第五章 楚滅秦の章


           
第六章 死生の章


           
第七章 楚漢の章


           
第八章 背水の章


           
第九章 国士無双の章


                      
第十章 垓下の章



終章~太平の章