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二 主吏と亭長(2)

(カテゴリ:102伏龍の章

そのとき、蕭何の後ろから、肩を叩いた者がいた。
「蕭何、お前はここまででいい。」

彼が後ろを振り返ると、劉氏冠を被った男がいた。
いつものように、廬綰と周勃を連れていた。
彼は、曹参に事情を聞いた。聞いて、灌嬰に向けて言った。
「それは、、、灌嬰、お前の方が悪い。」
劉邦は、この絹売りの青年にも影響力がある。彼が来れば、説得にはうってつけであった。
「灌嬰、お前も沛で商売をして長いんだろうが。蕭何も曹参も、この沛の男だ。俺は昔からこいつらのことを知っている。立場というものがあるんだ。蕭は県の主吏だ。形を示さなきゃ、こいつが困る。俺に免じて、こいつの顔を立ててやれよ。」
横の周勃も、にやにやしながら、灌嬰に向けてうなずいた。灌嬰はひっこまざるをえなかった。
「さーて、酒でも飲むか!灌嬰、お前も入れ!おーい、ばばあ!今日もツケで飲みに来たぞー!」
そう言って、一同を連れて店に入ってしまった。
蕭何も曹参も、軽くため息をついた。
「劉季(季は劉邦のあざな)が来てくれたのは、幸いだった、、、」
「あれがあるから、少々のさぼりは大目に見るしかない、、、」
今日は、別に亭長の非番の日でもない。県庁へ報告をしに沛に来たのであった。
泗水の亭長さまは、武おばさんの店でしこたま飲んだ後、県庁にやって来た。それから適当に上からの指示を聞いて、さっさと退庁した。今度はもう一つの行き着けの店である王媼(ばあ)さんの店に一味と一緒になだれ込むつもりであった。
劉邦はただの亭長であるが、沛の世界で今日の一幕のようなことができるのである。
彼が出れば、市場でのいざこざなども簡単に解決してしまう。彼は、沛の城市の法いらずの薬であった。彼は、灌嬰や樊噲などの市場の者たちから慕われていた。周勃などの農家の青年たちにも人気があった。役所の官吏からは侮られていたが、彼もまた官吏であった。詳しい法など勉強する気もないが、意外と読み書きができた。そして何よりも裏の世界での経歴が長かった。
このように沛という狭い領域ながら、なかなか結びつかないいくつかの世界を巧妙につなげる立場に立っていた。彼の沛での隠然たる力は、全く自分の立場から来ているのである。まさに彼が韓信に吹聴した(話の時間関係を言っておくと、今書いている時期は韓信や劉邦が彭城の会合に行った頃とほぼ前後している)「右からものを取ってきて、左の欲しい奴に渡す」流儀は、有利な立場に立って儲ける彼の商人的な生き方を言っているのであった。
(蕭何や曹参にはできないことよ、この芸は、、、実に簡単なことなんだけれどな。)
彼は、日が暮れてそのまま王媼さんの店に寝転がっていた。春の夜などはこのまま寝入ってしまうこともしばしばであった。媼さんが気を使って、莚をかけてやった。酒代など払ったこともない劉邦であったが、彼は沛の城市に付ける薬であった。だから、武おばさんの店でも王媼さんの店でも、いちいち余計な請求などをしなかった。

一方、県庁の中。
瓦葺きの、立派な建物である。
秦は、六国を併合した後に各国の都の宮殿をことごとく破却してしまった。代わりに六つの国の宮殿を模した建物を咸陽に建てて、秦の勝利を象徴したのであった。そのため、旧楚国で現在一番大きな建物といえば、各郡県の庁舎であるに違いなかった。
この沛県の県庁も、秦の様式で建て直したものであった。
もともとこの沛には楚の県に当る役所の庁舎があった。しかし、秦が楚を併合した後に、旧弊を一掃する目的をもってあえて一から建て直した。命令一下に力を集めれば大したもので、ものの三月もすれば前よりさらに大きな新県庁ができあがった。そのとき、忙しく建設の工事をしていた集団に、住民は見覚えがあった。
「あれは、、、墨家の連中じゃないか?」
「そうだな。なんで、秦の政府に協力しているんだ?」
しかし、それ以上のことは、普通人には分からなかった。墨家は、極めて閉鎖的な集団であったからである。
それはともかく、大きな県庁の敷地の中には、県令・県丞の官邸、属吏の執務棟、各種の接待に用いられる館、公用馬車の厩舎、それから一番広い面積を占めている書庫があった。書庫には秦政府の発布した全ての律令及び詔と、沛県の租税台張および公有財産の出納簿が保管されていた。書庫が一番県庁の中で大きいのが、秦の政府のあり方を最もよく表していた。
今日の蕭主吏は、県令の官邸に赴いて、県内の麦の作付状況について報告していた。
「、、、昨年よりも、一部の地域で作付面積が減少しています。」
「それはどうしてだ?」
「東南の郷里で、昨年騒擾事件がありました。それにより獄に繋がれた男子が多数咸陽の労役に送られました。その影響で、秋以降の播種のための人数が不足したためであると思われます。」
「そうか。それは致し方ないな。」
「ですので、今年の郡内の労役のための人員については、当県の割り当てを減らすように上奏していただけないでしょうか?」
しかし、県令は眉をひそめて拒否した。
「― それはだめだ。咸陽に刑徒を送っているのは、何もこの県だけではない。労役の人数は決まっているのだ。減らすわけにはいかん。」
「しかしそれでは良民すらも動員することになって、今年の農事にさらに支障が出ます。」
「― その辺は諸君らで何とか調整しろよ。諸君らはこの土地の出身だろうが。私はこの土地の人間でないので、わからん。」
県令のすげない回答を聞いて、蕭何はまた暗澹とした。
(ああ― また父老たちに頭を下げに行かなくてはいけない、、、)
最近の徴発続きで、すでに郷里には重い負担がかかっている。何よりも法に触れた者たちが刑徒として各地に送られるのが、全体として働き手の人数を減らしている。これで凶作でも起ったら、郷里は耐えられないかもしれない。蕭何は、属吏として地域の実情をよく知っていたから、最近の中央のやり方に大きな不安を感じていた。
しかし、土地の事情を思う主吏の心中などはどうでもよいかのように、県令は彼に最近の話題について言った。
「蕭主吏。君、監御史にえらく誉められていたぞ。」
先月沛県に巡回してきた監御史は、一月ほど滞在して県政の監察を行なった。県令から蕭何に、自分と一緒に監御史と応対するように命じられた。
主吏の主担は「功曹」、すなわち官吏の論功査定事務である。その職務のため、蕭何は県庁内の事情について一番よく知っていた。だから県令に補佐を命じられたのであった。しかしこの県令は事務能力はあったが、あまり地方の実情を知ろうとしない法文ばかであった。それで、監御史は途中からほとんど蕭主吏を相手にして県政の調査を行なうようになった。蕭主吏は律令と詔の読み方が適確で、しかも土地の実情をよく知っている行政官であった。監察が終わったときに監御史は、酒席で県令に対して彼のことを絶賛したのであった。
「監御史が言っていた。君を郡の卒史にしたい、とな。郡は県より中央に近くて、監御史の直下だからな、、、監御史といえば中央での力も大きい。君はうらやましい。その若さで咸陽へのつてが出来るかもしれないぞ―」

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各章アーカイブ

           
第一章 兵法の章


           
第二章 伏龍の章


           
第三章 宦官の章


           
第四章 動乱の章


           
第五章 楚滅秦の章


           
第六章 死生の章


           
第七章 楚漢の章


           
第八章 背水の章


           
第九章 国士無双の章


                      
第十章 垓下の章



終章~太平の章