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十七 天下を取ろう(1)

(カテゴリ:104動乱の章

田栄が斉に戻って行なったことは、王の田假を襲うことであった。

田假と宰相の田角は、たちまち斉から追い出された。田假は楚に逃れ、田角は弟の将軍田間がそのとき滞在していた趙に逃げ込んだ。
田栄は、田儋の子の田市(でんし)を立てて、王位を取り戻した。田栄の弟の田横(でんおう)が、将軍となった。田栄じしんは、宰相に就任した。
醜い争いであったが、ここまでは王族同士の内紛にすぎない。楚の項梁は、斉の異変の情報を聞いたときにも、田栄の一族が斉の実権を握るのであればそれはそれで構わないと思った。
「要は、諸国が一致して敵と戦えばよいのだ。秦軍は、敗れた。今はこの勢いをもって、さらに秦を追い詰める時期だ、、、諸国に、合従を呼びかけよう。」
項梁は、楚懐王の名をもって、斉と趙とに対秦の兵を出すことを要請した。
しかし、斉からの返事は、ふざけたものであった。
「楚が田假を殺し、趙が田角・田間を殺すならば、すぐにでも出兵しよう。」
項梁は、この思い上がった返事を聞いて激怒した。
「奴らは、己が諸国の主であると、いまだに思っているのか!諸国が唯々諾々と自分のためにお膳立てをしてくれなければ、動かぬだと!田栄、田横などは、我ら楚軍が東阿を救出しなければ、今ごろ秦軍に城市ごと屠られていた身ではないかっ!」
彼は、楚が侮られていると感じた。
それで、懐王を説いて、斉の申し出を黙殺してしまった。楚は亡命した田假を渡さず、斉は楚と協力することを拒んだ。
「このままでは、楚の威信に関わる。斉には妥協なしで、さらに出兵の要請を繰り返すことにしよう。早いところ、身の程を知るがよいわ。」
項梁は、しばらく斉軍抜きで戦を続けることを決めた。
だが、やはりこの時項梁は、斉の言うとおりに田假の首を渡すべきであった。田栄たち斉人は、いまだに斉が強国であった時代の幻想の中に生きていた。彼らは、楚に頭を下げることなど思いもよらなかった。愚かといえば愚かであったが、凝り固まった相手に力で押せば、相手は余計に依怙地になるばかりであった。秦と戦うこの非常時には、威信もかなぐり捨てて実を取るだけの判断が必要であった。

斉と楚との関係はうまくいかなかったが、中国を全体的に見れば、対秦の包囲網は次第に出来上がりつつあるように思われた。
楚軍に窮地を救われた魏豹が、魏に戻って王位を継いだ。
趙では、以前邯鄲で趙王に即位した武臣は、秦に寝返った李良という将によって攻め殺された。このとき張耳は右丞相、陳餘は大将軍の位にあったが、邯鄲を脱出して再び兵数万人をまとめた。二人はもと趙王の子孫の歇(あつ)という名の者を探し出して、立てて趙王とした。范増が項梁に説いた計と、同様のことを張耳と陳餘も考えたのである。二人は、趙にとっては他国人にすぎなかった。陳餘は李良と戦ってこれを破り、李良は秦を頼って趙を落ちていった。
韓では、張良が動いた。
彼は、沛公に言った。
「これより、私は韓に赴いて復興の工作を始めることにします。しばらくは、沛公と別れて戦うこととなるでしょう。しかし、それがしは決して楚を裏切ることはありません。」
沛公は、言った。
「子房、、、お前が、兵を率いるのか?」
沛公は、女性のように繊細な君子の彼を見て、どうも一軍を率いる将として立つ姿が想像できにくかった。
張良は、答えた。
「― 当然です。それがしもまた、いささかの兵法を学んだ者。学を実践に用いずして、学んだことに何の意義がありましょうや?」
彼は、優しく微笑んだ。彼の中には、大いに自信があった。しかし、沛公は彼の外見を見て、それでもう一つ腑に落ちなかった。
張良は、それから韓の土地に入っていった。彼もまた、もと王族の者を探すことに決めた。公子の成(せい)が即位して、韓王国は復興した。張良は、宰相に当る申徒(しんと)という官職に就いた。
こうして、諸国は勢いを盛り返した。秦の反攻は、再びせき止められたかのように見えた。
東阿で秦軍を破った後で、項梁は沛公と項羽を呼んだ。
彼は、両名に協同して兵を率いるように命じた。
「お主らが共に戦えば、楚軍の一隊を成すことができる。秦を追撃する兵を、進めるように。」
項羽は、答えた。
「承知!」
沛公もまた、答えた。
「この甥御どのがいれば、無人の野を行くようなものですな。」
項羽と沛公は、別働隊の将となって兵を進めた。
城陽を屠り、濮陽(ぼくよう)の東に至った。ここで秦軍と戦い、再び勝利を得た。秦軍は濮陽の城市に立てこもって、河水(黄河)の水を引いて防戦した。項羽と沛公は、方向を変えて定陶に向かった。
定陶の攻略は、このとき項梁が行なっていた。
項羽は、叔父に進言した。
「三川郡守の李由が、ここより西の土地を押さえて守備しています。これを亡ぼせば、西への道が一挙に開けることでしょう。どうか我らの兵を、李由との戦に割り当ててください。」
項羽は、勝利への自信に満ち満ちていた。
項梁は、その勝気をよしとしながらも、沛公にも意見を聞いた。
沛公は、言った。
「― 最近、秦は弱いですな。」
項羽が、彼の言葉に対して言った。
「兵の勢いで、すでに我らに利があるのです。この機を逸せず攻勢に出ることが、肝心ですぞ。」
項梁は、沛公に聞いた。
「沛公、何か秦軍の動きに、不審な点でもあるというのか?」
沛公は、答えた。
「いや、、、何となくなんだが、秦軍は本気で戦っていないような気がするんだよ。これまで戦った時とは、どうも手応えに違いがある。何が違うとは、俺は言えないのだが、、、」
沛公は、兵法など学んだことがない。
だから、理論立てて戦を論ずることができなかった。しかし、危険な裏の世界を通り過ぎてきた彼の直感は、何か敵の隠れた意図を嗅ぎ取っていたのであった。
彼は、言った。
「そう、、、だいたい、強い奴は相手にわざと攻撃させて、隙を待つことがある。拳闘でも、博奕でもそうだ。武信君も、思わないか。秦の強さは、こんなもんじゃないだろう?」
「沛公は、慎重な将だ。確かに、公の言うとおり、秦の底力は侮ってはならない。だが、楚が萎縮していては、他国の勢いにも悪い影響を及ぼす。攻勢の手は、ゆるめてはならぬ。沛公と籍の両名は、楚軍の先鋒として李由に当ってもらおう。」
項梁は、少なくと現在は順調に作戦が進んでいると判断していた。
しかし、秦軍の前線からこのとき章邯が消えていることまでは、気付かなかった。

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各章アーカイブ

           
第一章 兵法の章


           
第二章 伏龍の章


           
第三章 宦官の章


           
第四章 動乱の章


           
第五章 楚滅秦の章


           
第六章 死生の章


           
第七章 楚漢の章


           
第八章 背水の章


           
第九章 国士無双の章


                      
第十章 垓下の章



終章~太平の章